元禄2年(1689年)芭蕉46歳で江戸を離れ「耳にふれていまだ目に見ぬ」みちのくの歌枕・名所を訪ね白河→松島→平泉を経て、日本海に出て、さらに日本海岸を南下して敦賀に至り、さらに美濃の大垣におよぶ約6ヶ月間、600里の旅を記録したのが「奥の細道」です。
この旅で非常に感銘を受けた景色はやはり松島であり、「抑もことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして凡そ洞底・西湖を恥ぢず。東南より海を入れて江の中の三里、浙江の潮をたたふ。島々の数をつくして欹つものは天を指し、ふすものは波に葡匐(はらば)ふ。あるは二重にかさなり三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負へるある、抱けるあり児孫を愛するがごとし・・・・・・。」と奥の細道の一節に賞賛されている通りです。
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